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2002年 春

長期間サイト放置していたことをまずはお詫びいたしますです。
仕事が異常に忙しくそれどころではなかったいう言い訳も添えさせて頂きます。

中国行きを決め、某団体に入信入校を決め
中国派遣までのプログラムをこなすこととなりました。

日本語教師として派遣されることとなるワタクシであるが、
日本語を話せることと、日本語を教えることは
似て非なるものであり、そのことを全く理解していないワタクシがそこにいまいした。

派遣プログラムの内容は
・日本語教授法
・サバイバル英語
・サバイバル中国語

各授業に5万円の授業料を払い込み、
今となっては、何を学んだというより
学んでいる雰囲気を味わったという程度のものでしかなかったと思われますが
派遣手続きの必須条件とあらば、やむを得ません。
特に中国派遣を希望していたワタクシにとって
サバイバル英語なるものは
時間とお金の浪費以外の何ものでもなかったと記憶しています。
唯一勉強になったと思われる授業といえば
やはり、日本語教授法だろう。
日本人として日本語を理解していくことは
それなりに有意義でしたし
普段発する言葉にも意識がいくようになったことは
日本人として成長を感じ取れるひと時でした。
そんなワタクシが使用していた教材が「みんなの日本語」でした。
外国人の日本語学習者に圧倒的に支持されている日本語教材で
これを一通り学習すれば、日常会話はこなすことができる
なかなかしっかり作られた教材だと思います。
特に「教え方の手引き」はワタクシたち日本人にも
ためになる一冊だと思います。

こうして、わずかな日本語の知識とつたない中国語と
全く成長しない英語を引っさげて
派遣の日を今か今か待つのでした。

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2006年02月16日 回想記 トラックバック:0 コメント:0

続 2002年1月 決意

中国へ行こう!
その想いは固まりました。
しかしどんな形で中国へ行き、中国で何をするのか
それが全く定まっていない状態でした。
まとまった資金も無く、妄想想像だけが一人歩きを始め
日々を無駄に消化していきました。
自分の計画性の無さに嫌気がさしてきたころ
新聞の募集欄の小さな広告が目に留まりました。


海外派遣ボランティア募集
海外で日本語を教えてみませんか。
中国、インド、東南アジア等

これだぁぁぁぁ!!!と思いました。
仕事として多くの中国人と話すことができる。
中国人と会話ができる環境にあれば、中国語もマスターできる。
中国での足場となる人脈の確保も容易かもしれない。
中国で成り上がるための現地調査には好都合かもしれない。
そんな想いが膨らむと同時に
広告を出した某団体に連絡を取っていました。
話している内容はいいことばかりで、
まるで宗教の勧誘にでもあっているんではないか
内心ビビりながら話を聞いていました。
現在派遣中の先生からのメールやホームページ
を見せてもらいましたが
なかなか有意義な生活を送っているように見えなくもないかなぁ。
不安はあるが、「思い立ったが吉日!」ということで
入信入校することに決めたのでした。

第一部 完

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2006年02月07日 回想記 トラックバック:0 コメント:0

2002年 1月 決意

ラ~ラ ララララ ラ~ラ ララ~ラララララ♪
(by北の国から さだまさし)
頭がおかしくなったわけではありません
こんばんは、无 名(ウ~ミン)です。


いやっ、ホントおかしくなったんじゃないですよ。
ただ、今日のタイトルが『北の国から』ぽかったからね、ね。
それにさだまさしは小六のときから好きですし。
(ちなみに管理人はまだ二十代です。)


えぇ~話がそれましたが、っと。
ワタクシ今でこそ、親中を公言しているわけですが
正直言って
中国に対して最初から好意を持っていたわけではないんです。
むしろ、中国に対してはのイメージの方が先行していました。

なんせ、中国を知らなすぎたからです。
4・5年前、ワタクシが知ってる中国といえば、
社会主義国であり
日本で犯罪を犯す外国人トップであり
当時の人気番組TBSの「ここが変だよ日本人」の中国人であり
侍魂で一世を風靡した先行者でした。
そんなどうしょうもないわずかな知識で
膨らますことのできる中国像など
言葉にするのが恥ずかしくなるほどのお粗末なものでした。


しかしながら、仕事を辞め、先行きに不安を感じながらも
興味を引かれたのもまた中国でした。
WTOに加盟し、五輪、万博を控えているこの国に
面白い発見があるんじゃないのか?
この機を利用すべきじゃないのか?
中国という国を、中国人を
ワタクシの踏み台にしてやろうぉハハハ
そんな想いが強くなりました。
中国という国の体制とか、中国人の国民性とか
正直どうでもよかったのです。
成長が見込める経済圏で
ワタクシがうまくそれに乗じることができれば
そのほかはどうでもよかったのです。
こうして中国へ渡る決意を固めたのでした。


―続く―
注:管理人无 名(ウ~ミン)は現在「親中」です。


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2006年02月06日 回想記 トラックバック:0 コメント:0

チョット実験中
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2006年02月05日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

別館OPEN!!!

親中宣言を立ち上げてわずか一週間ですが、
別館をOPENさせてしまいました。
ブログのほうが更新ラクだし多くの方に気軽にコメントいただけるよう
こちらを利用したいと思います。
それでは、親中宣言(別館)を宜しくお願い致します。

2006年02月05日 未分類 トラックバック:0 コメント:1

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